兄はあの16年前の阪神淡路大震災のときは既に社会人であったし
長兄として怖い存在ではあったけど 地震直後も、余震の続くなかでも
姉とアタシを怒鳴りつけながらも励まし続けてくれた。
むしろ おとんよりしっかりしていたと思う。
そして、数日前から大量の物資を数台のトラックとともにに被災地に赴いておる兄。
会社や地元の協力もあるのやろが 混乱した現地への円滑な物資輸送の中継方法やとか
その整理とかで殆ど寝ないで動きまわっているらしい。
もちろん あの時 神戸を助けてくれた恩に報いる為なのやろが、
今日かかってきた電話も 「今がふんばり時や」 とかすれた声でアタシに怒鳴っておった。
あと、 「余計なこと考えるんやないぞ。お前はアホやからな。ボーっとしとけ。ほなな」 …
相変わらず怖い兄やが、兄らしいと思う。そして誇りに思う。
被災地では色々な不足するもので溢れている。
毎度、専門家と称する連中が さもわかったかのようなことを
煌々とライトに照らされた安全なTV局で語っておるが
アタシはその姿を自分のなかで 「けっ!」 としか思えない。
マスゴミは相変わらずの報道しかせんし、
それはそれで 人それぞれの役割というものがあるのやろが
今はそないなもんをTVで滔々と流す必要も無いやろ。
実際、あの当時一番うざかったのは 「なぜ」「どうして」「だから」や。知らんわ!
役所に親族、知人の安否を知るために集まる人々。
圧倒的に圧死が多かった阪神の地震とはちゃって その安否さえも殆ど判らない。
でも 行方不明の肉親、友人、知人を必死に探す姿はあの時と同じや。
泣いている人々も同じや。
自分も高校生だったあの頃とは違う。
動かな アカンと思う。人の為ちゃう。自分自身のためや。
自分が出来ることから なんて悠長な場合や無い。
あの時 全てを失ってまった人も多かったのやさかい
今度はウチが動く番。
復興には10年、それ以上かかるやろ。
恩返しや。生き残ったあの時のな。